30周年記念事業用 新聞記事抜粋


新聞掲載記事の検索

インターネット上のデータベース検索にて以下の項目をリストアップしました
残念ながらインターネットで閲覧可能な記事はテキスト形式のみ(写真もなし)で、新聞の記事のままの状態では見ることができませんでした。
ですので新聞の切り抜き、写真をお持ちの方は是非作成のためにお寄せ下さい。


1.[筋無力症 AND 静岡] にて検索 検索該当件数17件 関連すると思われる記事抜粋

[難病患者を支える](下)進まぬ社会の理解(連載)=静岡
2004.09.26 東京朝刊 32頁 写有 (全1198字) 
 ◆求められる就労支援体制
 県難病団体連絡協議会事務局長の佐塚紀昭さん(60)に、物が二重に見える「複眼」と呼ばれる症状が出たのは三十六歳の働き盛りの時だった。マージャンを終え、深夜に車を運転中、突然、前の車の赤い二つのテールランプが四つに見えた。初めは「疲れだろう」と思っていた。
 会社では事務職だったが、日によって、午後に次第に体がだるくなり、そのうち握力がなくなって印を押すことさえ出来なくなることも。異変から一年以上たった一九八二年七月、「重症筋無力症」と判明した。
 神経と筋肉との間の障害で筋肉が動かなくなり、複眼のほか、手足の脱力や呼吸困難といった症状が現れ、一日の中でも調子が変化する。外見上は目立った症状がなく、「怠け者病」とも言われる病気だが、会社に率直に打ち明けた。会社は出張や外勤を免除するよう取りはからってくれた。
 「後ろめたさよりも、ありがたいという気持ちが大きかった」と振り返る。会議中に顔色が悪くなると「大丈夫か」と周囲が気を使ってくれ、一時間ほど医務室で休んで症状を落ち着かせることも度々だったが、昨年、無事に定年を迎えることができた。
    ◎
 この病気の原因はまだ完全に解明されていないが、近年は治療法も進み、社会復帰できる人も多くなったという。しかし、その後の大きな課題となるのが生活の確保だ。
 難病相談・支援センターの活動の大きな柱の一つに、難病患者の就労支援が掲げられている。難病患者は、病気の種類や程度により症状も様々だが、社会の理解はまだ進んでおらず、発症をきっかけに辞職を促されるケースも少なくないという。
 県が昨年行ったアンケートでは、回答のあった約一万四千六百人の難病患者中、ほぼ普通の生活を送っていると答えた約一万人のうち就労者は約四千三百人、無職が約四千六百人だった。最近一年間に仕事を辞めた人は約六百九十人いた。ただし、無職の大半は主婦や学生で、仕事を辞めた人の中には定年退職者も含まれ、病気が原因かどうかは明確ではないという。
    ◎
 就労への支援制度のある障害者の場合でも、県内企業の障害者雇用率は、昨年六月で1・53%と低い。しかし難病患者を対象とした就労支援制度はない。障害者手帳を取得できないような患者の場合、何の支援も受けられないのが現状だ。
 センターへの協力を求められた静岡労働局は、現在、具体策を検討している。同局の相磯克己・障害者雇用担当官(51)は「難病患者の中には病気だということを公にしたがらない人も多いと聞いている。そういった事態にどう対応していくかも問題だ」と指摘する。
 「私の場合は恵まれていた点も多い。自分の病気を隠さず、周りに理解してもらうことが大切。それが生活を守り、自分の命を救うことにつながる」。佐塚さんは、そう強調する。
 (この連載は、野口賢志が担当しました)
 写真=「自分の病気を隠さず、周りに理解してもらうことが大切」と話す佐塚さん
読売新聞社
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重症筋無力症、講演と相談会 浜松で来月5日 /静岡
2004.05.28 東京地方版/静岡 30頁 静岡版 (全201字) 
 原因も治療法も完全に解明されていない重症筋無力症について知識や理解を深めようと「重症筋無力症の医療講演相談会」(全国筋無力症友の会静岡県支部主催)が6月5日午後1時から、浜松市板屋町のアクトシティ浜松・研修交流センター4階で開かれる。浜松医大第1内科の宮嶋裕明氏が「重症筋無力症と薬の副作用」と題して講演し、個別相談会もある。参加、相談とも無料。
 問い合わせは紅野泉支部長(0558・87・2201)へ。
朝日新聞社
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難病患者、議員に直訴 静岡市会初 支援強化を要望=静岡
2003.12.17 東京朝刊 33頁 (全480字) 
難病患者の苦しい実態を知ってほしい――。静岡市の団体が十六日、初めて市議会の厚生委員会に出席し、病気のつらさや生活の実情などを訴え、難病への理解を求めた。
委員会に出席したのは、静岡市難病団体連絡協議会(木川誠・代表理事、会員約千人)のメンバー。筋無力症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脊髄小脳変性症(SCD)の患者本人やその家族らが出席し、実情を訴えた。
筋無力症の男性は「作業していても三十分もたつと力が入らず、立っているのもつらい。見た目には健常者と変わらなく、かつてはなまけ病と言われた」と訴えた。人工呼吸器を付けたALS患者を抱える家族は、たんなどの吸引を短い間隔で続けなければいけないなど「介護に休みはない」現実を伝え、「制度があっても使いづらい」と支援の強化を要望。難病患者の生活実態調査をまず行い、施策を充実してほしいと求めた。議員らも、患者を取り巻く現状を盛んに質問した。
難病患者は、長期間の闘病生活を強いられ、本人だけでなく家族にかかる経済的、精神的負担も重い。同会は「議員に"直訴"できたのは画期的」と今後も実情を訴える活動を続けたいという。
読売新聞社
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[短信]全国筋無力症友の会県支部20周年記念大会 /静岡
1995.10.04 地方版/静岡 (全132字) 
 7日午後1時から、静岡市駿府町の県総合社会福祉会館で開かれる。国立静岡病院名誉院長の宇尾野公義さんの記念講演「重症筋無力症・医療の歩みと在宅ケア」が行われる。記念講演後、大会出席者による相談会も実施する。入場無料。問い合わせは佐野さん(054・262・4825)。
毎日新聞社
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2.[紅野泉] にて検索 検索該当件数2件 内1件は上記に掲載済

 難病患者や家族に無料で医療相談会 三島と浜松で /静岡
1993.11.05 東京地方版/静岡 静岡版 (全281字) 
 県難病団体連絡協議会(紅野泉代表理事)は、難病患者や家族を対象にした無料合同医療生活相談会を三島市と浜松市で開く。医療機関にかかっても「三分診察」と言われるような短い診察では、医師に相談し切れないこともある。それぞれの病気に応じて専門医が相談を受ける。
 日程は三島市は十四日午後零時半から、市民文化会館。病気は心臓病、リウマチ、呼吸器疾患、高血圧病、糖尿病、パーキンソン病など。浜松市は二十八日午後零時半から、市青年婦人会館。クローン病、呼吸器疾患、てんかん、パーキンソン病、ベーチェット病など。問い合わせは、県難病連事務局(電話〇五四―二五四―五二四六)へ。
朝日新聞社

3.[重症筋無力症] にて検索 検索該当件数336件 関連すると思われる記事抜粋

CM主婦と重症筋無力症の格闘(天声人語)
1985.12.01 東京朝刊 1頁 1総 (全791字) 
 栃木市に住む元教師の熊倉多佳子さん(51)は自分のことをCM主婦と称している。CMばかりみているからではない。CMが放送されるぐらいの時間しか体を動かせない主婦、という意味だ▼もう十数年、重症筋無力症のため入退院を繰り返している。全身の筋肉がのび切ったパンツのひものようにだらりとなる。少しでも起きて働くと息苦しくなる。顔が真っ赤になり、手足やくちびるがしびれる。あわててベッドに体を投げだす。また起きて、こまぎれに働くのだ▼『第1回ありのまま記録大賞』の優秀作に選ばれた多佳子さんの闘病記「一本橋の向うに」を読んだ。ひどい時は、呼吸ができなくなり、夫が10時間以上も休むことなく人工呼吸を続ける、といった話が再三でてくる。そういう難病と闘って生き抜いてきたという事実に、まず驚く▼やせ細ってふにゃふにゃの多佳子さんをふろにいれた後、夫がいった。「なんだか人間連れてるみたいじゃないな。トリガラ連れてるみたいだ」。娘たちは笑い、あわてて口をおさえて「お父さん、今の言葉ちょっとまずいんじゃない」。ご本人はしかし夫の毒舌に大笑いする、という描写があった。この明るさはどこからくるのだろう▼ひととき病状が好転した時は洗濯を始める。娘さんが驚きの声をあげる。「あら、お母さん、いい顔してるじゃない」「そうよ、お母さん美人だもの」「ヤッハッハッ」。死に神との格闘を支えてきたものに、この家族のきずながある▼30代で発病したころは4歳の長男をみて「子育ての終わっていない現役の母親がこんな根性でどうする」と自分にいいきかせた。その長男も高校2年である。長女は会社に勤め、次女は結婚して今は2歳の孫がいる▼160センチの身長が154センチにちぢまった。「骨を削って生きてきました。私の病気で家庭が荒れた時期もありましたが、夫や子供たちの明るさが支えでした」。電話口で、多佳子さんはそういった。
朝日新聞社
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筋無力症と闘い絵筆 75歳女性が「同病の人の励みに」と日本画の個展/東京
1988.05.18 東京朝刊 22頁 写有 (全1023字) 
 難病の一つ、重症筋無力症を患い、奇跡的に治った後も、薬の副作用との闘いを続けている目黒区に住む七十五歳の女性が、今月二十日から新宿区新宿三丁目の「ギャラリー絵夢」で、日本画の個展を開く。さる五十六年に次いで、闘病後、二度目の個展だが、現在は、副作用によるノドの病気で都立府中病院に再入院、点滴を受ける毎日。「同じ病気で苦しむ患者さんたちの励みになるためにも……」と、個展が始まれば病気をおして、病院から会場へ足を運ぶ決意だ。
 この女性は、目黒区目黒四丁目の家永千絵さん。家永さんは、主婦業のかたわら四十歳ごろから画家の渥美芙峰さんに師事して日本画を始めた。芙峰さんが亡くなった後は、同門の仲間と一緒に絵画グループ「無礙(むげ)会」を設立するなどして絵画に打ち込んできた。
 その家永さんが、同病院で重症筋無力症の"宣告"をされたのは、さる四十八年。すでに前の年から、まぶたが開かなくなったり、手足の筋肉が衰えるなどの症状が出ており、すぐに同病院に入院した。間もなく呼吸困難に陥り、一時は危篤状態が続いたが、奇跡的に一命をとりとめた。
 その後、病気自体は良くなったものの、大量投与した薬の副作用で体がボロボロになり、何度も入退院が繰り返された。そんな家永さんを精神的に支えたのが、「絵を描きたい」という熱い思い。「いつ再発するかもしれない。一刻もムダにできない」と、家永さんは自分に言いきかせて絵筆を運び、さる五十六年、初の個展を開催した。
 家永さんの画風は、墨絵風のデッサンの上に顔料で彩色する淡いタッチの日本画で、花の絵を好んで描く。病気になる以前は、実際の花よりきれいに描こうという気持ちが先に立ったが、闘病生活を体験した今では、「花の方から『こう描いて』と教えてくれるようになった」という。
 二回目の個展を思い立ったのは、昨年一月ごろ。その直後、家永さんはノドがふさがる後遺症に見舞われ、同病院に再入院した。食物がとれず、体重は激減。一年四か月の間に六回の入退院を繰り返している。体力の衰弱もひどく、家人は、「個展は無理ではないか」と心配したが、本人は、病室にスケッチブックを持ち込み、やる気満々。担当の医師も、気力に押されて、病院と会場との往復を許可した。
 出品する作品は七十四点。家永さんは、同じような難病に苦しむ人たちに、「一生懸命に打ち込めるものがあれば、その精神力で病気だって治るということを、この個展を通じてわかってもらいたい」と訴えている。
読売新聞社
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死の床でも絵筆離さず 筋無力症と闘った15年 東京・目黒の家永さん逝く
1988.09.26 東京朝刊 27頁 写有 (全858字) 
 二十五日未明、亡くなった日本画家の家永千絵さん(76)(目黒区目黒四の二六の二)。十五年前、重症の「筋無力症」を患い、病魔と闘いながら絵筆を握り続けてきたが、急性の肺炎に侵され帰らぬ人となった。晩年描いた作品を集めた個展が、この五月、新宿区のギャラリーで開かれたばかりだった。
 家永さんが本格的に絵に取り組んだのは四十歳のころ。画家の渥美芙峰に師事、日本画を始めた。渥美画伯の死後は同門の仲間と会をおこし、絵に打ち込んできた。
 その家永さんが都立府中病院で重症筋無力症の宣告を受けたのは四十八年。前の年からまぶたが開かなくなったり、手足の筋肉が衰える症状が出ており、すぐに入院。間もなく呼吸困難に陥る危篤状態が続いたこともあった。その後、病気の進行はおさまったが、薬の副作用で体がボロボロになり、何度も入退院を繰り返す闘病生活が続いた。
 しかし、そんな中で家永さんを精神的に支えたのが絵画への思い。「四十八年に命をとりとめたのは奇跡的といわれたほど。母は新しく授かった命を生きるような感じで描き続けていました」と一人息子の勝さん(54)(東京国際大学理事)。墨絵風のデッサンの上に顔料で淡い彩色をほどこす独特の手法で花を好んで描いた。「初めは実際よりきれいに描こうと思ったが、闘病後は花の方から『こう描いて』と教えてくれるようになった」。生前の家永さんはこう語ったことがある。
 さる五月、二回目の個展に展示されたのはそんなぬくもりのある花の絵七十四点で、会場を訪れる人たちの目を存分に楽しませた。
 だが、家永さんは個展の直前から九度目の入院生活を余儀なくされ、そしてさる十八日、突然、肺炎に襲われた。最後は人工呼吸器をあてられ口をきくことができなかったが、たった一人の孫、麻里子さん(14)に懸命に話しかけようとした。「孫の姿に、自分が生きてきた喜びを見いだしたようでした」と勝さんは確信している。
 二十七日午後一時から、目黒区中目黒三の一の六の正覚寺実相会館で行われる告別式には、絵の仲間も大勢かけつけて、別れを告げるという。
読売新聞社
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重症筋無力症やリューマチの新治療装置を開発/工業技術院
1988.11.17 東京朝刊 2頁 (全409字) 
 通産省・工業技術院は十六日、筋肉が動かなくなる重症筋無力症や慢性関節リューマチなどを治療する「免疫疾患用血液処理装置」を開発した、と発表した。この装置は、ジン不全患者が人工透析する場合と同じように、患者の血液を体外循環させて、病気の原因とされる血しょう中の抗体を取り除くもの。これまでの血液交換法などの治療法では、他人の血しょうを補充する必要があり、B型肝炎やエイズなどのウイルス感染症の心配があったが、今回開発された装置は自分の血しょうを使用するため、安全性が高いという。
 工業技術院では、今後、臨床研究を続け、厚生省の医療機器としての許可を得て、三年後の実用化を目指す。
 今回の開発は、工業技術院が国の医療福祉機器技術研究開発制度に基づき、薬品メーカーなど民間企業四十六社が参加した技術研究組合「医療福祉機器研究所」に委託、五十八年度から五年間で三億六千万円を投じて行われた。実際の開発は、クラレと武田薬品が担当した。
読売新聞社
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闘病20年つづった童話−−静岡の江崎さん
1989.12.29 東京朝刊 23頁 社会 写図有 (全739字) 
 難病の「重症筋無力症」と闘いながら、童話を通じて子供たちを励まし続けている静岡市千代田の江崎雪子さん(39)がこのほど、二十年間の闘病生活をつづった児童書「きっと明日は―雪子、二十年の闘病記―」(ポプラ社刊)を出版した。発刊後、一週間で全国の書店から二万部の注文が舞い込み、難病にめげず明日に向かっていく江崎さんの姿が感動を呼んでいる。
 江崎さんは高校三年生のとき、登山の途中で足が動かなくなったりの異常に気づいた。大学(日本女子大英文科)二年生のとき、全身の筋肉が力を失い、呼吸する、まぶたを上げるなどの力もなくなってしまう原因不明の「重症筋無力症」と診断された。
 大学四年生の夏から通算八年半入院生活を送り、病状が固定した昭和五十六年、三十一歳で自宅に戻った。
 今回の児童書は、高三のときから二十年余にわたって絶やさない日記文を引用しながら闘病の日々を振り返り、入院、手術、危篤、新しい療法への挑戦を繰り返す中での、江崎さんの心の動きを伝える。自ら命を絶とうとしたり、下がったまぶたを隠すためにサングラスをして車いすに乗る姿に、好奇の目を向けられたり。その一方で母敏子さん(64)ら周囲の人たちとのふれあい……。
 江崎さんが童話を書き始めたのは書店経営の父親、千萬人さん(61)の中学時代の恩師である児童書研究家の勧めがきっかけ。「あなたの場合、生きた証(あかし)を残す道は書くことしかない」と説得され、厳しい文章指導を受けて昭和六十一年、児童書「こねこムーのおくりもの」でデビューした。
 今回の作品は三冊目。組んだひざにノートを乗せて、ゆっくりゆっくりとペンを運び、半年かかって書き上げた。
 江崎さんは「オーバーな表現を避けて、ありのままの誠実な本にしたいと思いました」と語っている。
毎日新聞社
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11日、筋無力症講演会
1991.05.10 北海道新聞朝刊全道 16頁 生A (全268字) 
 全国筋無力症友の会北海道支部(猪口英武支部長、会員百五十人)は、国の難病に指定されている筋無力症の治療法などを紹介する講演と医療相談会を、十一日午後二時半から道難病センター(札幌市中央区南四西一〇)で開く。
 筋無力症は脳からの運動の命令が、神経と筋肉の接合部でうまく伝わらないため脱力が起こる病気。
 国立療養所札幌南病院神経内科の武井麻子医師が講演、重症筋無力症の最新の研究と治療について紹介する。講演後、福祉制度などの相談や患者と家族の交流会も予定している。参加無料。問い合わせは道難病センター内の同支部(電)011・512・3233へ。
北海道新聞社
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難病の「重症筋無力症」、治療法ビデオが完成
1992.02.25 大阪朝刊 30頁 社会 (全342字) 
 厚生省の特定疾患に指定されている難病「重症筋無力症」の患者らで組織する全国筋無力症友の会大阪支部(浅野十糸子支部長)が制作した筋無力症の実態や治療法を紹介するビデオ「希望とともに生きる」(三十分)が二十四日完成し、大阪市内で記念上映会があった。希望者に二千円(送料込み)で配布する。
 重症筋無力症は、筋肉が神経と接する部分の免疫障害で筋力が低下する。全国で約七千人の患者がいるといわれ、末期には呼吸困難などで死亡する例も以前は多かった。最近は薬や外科的治療で治る例が増えているという。
 ビデオでは、アニメや医師へのインタビューで病気のメカニズム、治療法などを説明。友の会の活動や専門病院も紹介している。
 問い合わせは大阪府吹田市千里山西六の二七の二の同支部(電話06・821・2718)へ。
毎日新聞社
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「筋無力症」の講演会 19日に東京芸術劇場会議室で
1992.12.11 東京朝刊 27頁 (全185字) 
 難病の患者や家族で組織する重症筋無力症友の会(武田治子会長)は、十九日午後一時から豊島区西池袋の東京芸術劇場五階会議室で無料の講演会と医療相談を行う。
 講師は関東逓信病院の織茂智之・神経内科医長で、演題は「重症筋無力症の免疫学的治療」。定員八十人。
 運営、会場費は東京番町ライオンズクラブ(直井清会長)の寄付金二十万円を充てる。「友の会」の連絡先は(電)3947・2128。
読売新聞社
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連載 賢い病院選び(67)東京都立神経病院(1)世界一の規模で総合治療
1993.03.12 日刊スポーツ 21頁 写有 (全1254字) 
 「神経系の病気というと、精神病と混同される方もいるので説明が必要です」。穏やかな口調でこう語るのは、東京都立神経病院の田辺等院長(62)である。
 神経系の病気とは、脳や脊髄(せきずい)などの中枢神経、末しょう神経、あるいは筋肉などに関係する病気を指す。300以上もある病名の中で、脳卒中、脳腫瘍(しゅよう)、パーキンソン病、重症筋無力症、筋ジストロフィー、てんかんなどが割合よく知られている方だろう。こうした病名からも分かるように、この分野にもまだ原因や治療法が十分に解明されていない難病も多く含まれている。
 こうした難病も含めてすべての神経系の病気に「高度で専門的、総合的な診療」を行い、かつ研究、教育にも携わる病院として、1980年(昭55)に設立された。日本で唯一神経系の病気を専門とする病院だ。300床のベッドのうち、神経内科のベッドが200床を占める。「神経内科の規模としては世界一」(田辺院長)という存在である。
 診療科目は、神経内科のほかに、脳神経外科、神経小児科、神経耳科、神経眼科、リハビリテーション科、神経放射線科など10分野。神経精神科もあるが、「疾患によっては、言葉や体が不自由になるため、精神的に不安定な状態になることがあります。また、病気そのものが精神的障害をもたらしたり、痴ほうなどが現れることもあります」という理由で、その部分の診療が中心。純粋な痴ほうや分裂病、そううつ病などは扱わない。
 難病治療への地道な努力と患者に対する心遣いは、この病院の大きな特徴である。病気に付きまとう経済的な問題や生活上の問題などは、医療相談室が担当。また、リハビリテーションも通常の屋内でのリハビリ施設に加え、屋外にもリハビリのための遊歩道が設置されている。患者は、木立の間を抜ける遊歩道を歩き、新鮮な戸外の空気に触れながら、リハビリをできる仕組みだ。自宅に帰っても困らないように、家事など生活訓練を行う場もある。
 なお、東京都立神経病院は開設時に、まず必要なものから設備されたため、建物内にあるのは、現在入院施設だけ。「独自の外来施設を要求中」だが、今は隣接する都立府中病院で、医師たちが兼務の形で外来診療を行っている。
 【医療特別取材班】
 ◆東京都立神経病院 東京都府中市武蔵台2の6の1=0423(23)5110。外来診療は都立府中病院で電話予約が必要。予約は月〜金曜の午前9時から同11時半までと、午後1時から同3時まで。土曜は午前中だけ。0423(23)5111。
 ◆神経内科の有名病院 北海道大学医学部付属病院神経内科=011(716)1161、岩手医科大学付属病院神経内科=0196(51)5111、順天堂大学医学部付属病院神経内科=03(3813)3111、虎の門病院神経科=03(3588)1111、国立精神神経センター=0423(41)2711、鹿児島大学医学部付属病院第3内科=0992(64)2211。(以上のほか東大、信州大、名大、京大、九大の付属病院も評判が高い)
日刊スポーツ新聞社
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差別される「特定疾患」患者−−全国難病団体連絡協議会が実態を調査
1993.04.05 東京朝刊 19頁 家庭 (全668字) 
 特定疾患に指定されているベーチェット病や全身性エリテマトーデスなどの難病患者は仕事がなく、公営住宅にもなかなか入れず悩んでいる実態が全国難病団体連絡協議会の調査で明らかになった。同会は身体障害者雇用促進法と公営住宅法の一部改正を労働、建設両省に申し入れた。
 厚生省は原因不明で治療法が確立されておらず、家庭の負担が大きいなどの難病を特定疾患と指定している。ベーチェット病、全身性エリテマトーデス、重症筋無力症、筋委縮性側索硬化症、混合性結合組織症など三十四疾患で、全国に現在、約二十三万人の患者がいる。
 調査は全国の難病患者四千人を対象に行った。それによると、患者は働き盛りの三十代から五十代が全体の六割以上を占めている。しかし、実際に職に就いている人は全体の三〇%にも満たない。現在、職を持たない人の四二%が働く希望を持っている。「体力に合った仕事がほしい」「病気を理由に辞めさせられそうだ」「正社員として受け入れてもらえない」などの悩みを持っている人もいた。住まいについても「一般扱いでは公営住宅にはなかなか入れない」などの声が聞かれる。
 身体障害者雇用促進法は事業主に対して一定枠の障害者を雇用する義務を設けているものの、特定疾患者には何の義務もない。公営住宅法も高齢者や身体障害者などを「特に居住の安定を図る必要がある者として政令で定める者」としているが、特定疾患者についての記述はない。全国では栃木県が県営住宅の特例入居の対象者に「特定疾患患者」を含めているだけだ。このため、同会は特定疾患患者を特別枠に加えるよう、国に申し入れた。
毎日新聞社
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難病患者の支援続ける上智大サークル 20年目のチャリティーバザー
1995.11.01 東京朝刊 33頁 写有 (全990字) 
 難病「重症筋無力症」の患者団体支援のためのチャリティーバザーを、上智大学のサークル「カトリック学生の会」がきょう一日から、千代田区紀尾井町の同大上智会館で開く。大学祭期間中に実施する恒例のイベントとして、先輩から後輩へと受け継がれて今年で二十年目。不況のあおりで患者団体側の運営も火の車になっており、学生たちの取り組みに期待が集まっている。
 カトリック学生の会は一九五九年、同大のカトリック信者有志で結成され、現会員は約四十人。
 バザーがスタートしたのは七六年。メンバーの学生が、重症筋無力症の女性患者の日々の暮らしと苦悩を紹介する本紙記事を読み、患者団体「全国筋無力症友の会」(事務局・豊島区巣鴨)を訪問。武田治子会長(74)から患者や友の会の現状を聞いて、「何か役に立ちたい」とバザーを企画した。
 重症筋無力症は手足や首、口などの筋肉の力が弱くなる病気。治療法の進歩で、最近は患者も普通の社会生活を営めるようになったが、原因は依然としてはっきりしないという。
 友の会は、原因究明や治療研究の促進などを求める武田さんが中心となり、七一年に発足。当初五十人だった会員も約千六百人となり、全国の患者たちの交流の場となっている。
 バザーは第一回以来、代々の学生に受け継がれ、その年の売上金を友の会に寄付してきた。
 バザーで売るのは、友の会の賛助会員らに協力を呼びかけて集めた衣類や日用雑貨、文房具、書籍など。昨年は六十七万円余を寄付したが、これは友の会の年間予算の一割を占める額だ。
 今年もすでに段ボール箱で百箱以上の品物が寄せられている。また、バザーに加え、今年六月に中野区で開かれた友の会全国大会には、メンバー五人がボランティアとして参加するなど、学生と患者との直接交流も広がりつつある。
 経済学部二年の稲葉悟郎代表(19)は「受け継がれてきた灯を消したくないという思いもあって準備を進めてきた。バザーを通して、この病気に対する理解も広がれば」と話す。
 友の会はここ数年、寄付が減り、運営は青息吐息の状態。その中でのバザーだけに、武田会長は、「学生たちが毎年続けてきてくれたことは、患者にとっても大きな支え。公的な助成が何もないだけに、今では会の運営に欠かせない存在です」と感謝している。
 バザーは三日まで。時間は午前十時―午後五時。友の会についての問い合わせは事務局((電)3947・2128)へ。
読売新聞社
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難病の重症筋無力症 10年間で大きく治療成績向上 病因解明され新治療法普及
1995.11.06 東京夕刊 10頁 (全1560字) 
 筋肉の疲労が著しく、病状が進むと全身に麻痺(まひ)が広がり、呼吸困難に陥ることもある難病の重症筋無力症。俳優の萬屋錦之介さんがかかった病気としても知られるが、この十年間に、胸腺(せん)摘出術などの有効な治療法が普及し、治りやすい病気になってきた。その一方で、治療効果に不満を抱いている患者が予想外に多いことも最近の調査でわかり、新たな課題になっている。(木村 治之記者)
 ◆課題は難治性対策 「不満」患者が2割
 「自分の意に反し、まぶたが落ちてきたり、物が二重に見える。体も疲れやすく、動くのもおっくう」
 こう訴える患者を診れば、専門の医師はすぐに重症筋無力症を疑うという。この病気の発症年齢は主に二十―四十代。女性の方が倍多い。患者数は四、五千人と推定されている。
 まぶたが落ち、物が二重に見えるだけの「眼筋型」なら軽症だが、首や肩、手足の筋肉に力が入らず、呼吸筋が麻痺することもある「全身型」になると、時に死を招く。
 楽屋で化粧中、首がガクンと前に落ち、生まれたての赤ん坊みたいになったという萬屋さんのケースは全身型だった。はしが重い、茶わんを持ち上げるのにも脂汗が流れる、と当時の新聞は伝えている。
 この病気は、知られるようになってから三百年以上もの間、原因不明だったが、二十世紀に入ってベールがはがされ始め、一九七六年、原因が解明された。発症の仕組みはこうだ。
 筋肉を動かす時、脳からの指令が電気刺激となって運動神経を伝わるが、刺激により脊髄(せきずい)神経の末端からアセチルコリンという神経伝達物質が放出され、筋肉の接合部にあるアセチルコリン受容体という受け皿と結合し、筋肉は収縮する。
 重症筋無力症では、体外からの異物を排除する免疫系が、このアセチルコリン受容体を異物と間違えて攻撃し、破壊する。このため、刺激に対する筋肉の感受性が鈍り、前述したような様々な症状が現れる。
 病因の解明と前後して、新しい治療法が試みられるようになった。厚生省の免疫性神経疾患調査研究班の高守正治班長(金沢大学教授=神経内科)は「とりわけ胸腺摘出術の普及が、治療成績の向上に大きく寄与しています」と語る。
 免疫調節をつかさどる胸腺を取り出すことで、アセチルコリン受容体に対する抗体の攻撃力を弱め、結果的にはアセチルコリン受容体の破壊を抑えるからだ。
 このほか、臓器移植や自己免疫疾患(リウマチなど)に用いられている免疫抑制剤プレドニゾロンの内服や、患者の血漿(けつしょう)から抗体を除去する血液浄化療法も効果を上げている。
 国立精神神経センター国府台病院(千葉県市川市)の佐藤猛院長は「八〇年代初めからこういった治療法が確立され、日常生活に支障を来さない程度に症状が改善した人は全体の八〇%を占めます」と説明する。 しかし、医師が思うほど、患者はかならずしも治療効果を感じていない一面があるようだ。厚生省研究班の研究の一つとして、佐藤院長が全国三十の専門医療機関の患者千五十九人の意識調査をまとめたところ、二百十八人(二一%)が治療後の状態に満足していないとの結果が出ている。
 「全国筋無力症友の会」の武田治子会長は「同じ治療をしても人により違う結果が出る。最近も、医師に必ずよくなると言われたが、まぶたが依然として上がらないケースがありました。今の治療法が十分でないと思っている患者もいるのです」と訴える。
 治療成績が向上したことで、病名から「重症」の文字を外していいとの意見も出ているが、高守班長は「難治性のものもまだ多く、安易に外すべきではない」と強調する。
 佐藤院長は「医師には深刻に映らなくても、患者さんにとって非常にわずらわしく感じ、落ち込むこともある。そうした訴えに耳を傾け、より優れた治療法、治療内容を模索するのが我々医師の努めです」と話している。
読売新聞社



27日、重症筋無力症で医療講演会−−つくばカピオ /茨城
1996.10.24 地方版/茨城 (全407字) 
 重症筋無力症に関する医療講演会が27日午後1時半、つくば市竹園のつくばカピオで開かれる。筑波大臨床医学系の庄司進一教授が「重症筋無力症と共に生きる」の演題で講演する。参加費無料。
 同症は1972年、厚生省が特定疾患に指定した難病で、原因は依然不明。全身の筋力が低下、疲れやすくなるなどの症状が出る。発症率は10万人のうち5人程度とみられ、県内推定患者数は現在、150人。
 患者らで作る全国筋無力症友の会茨城支部(会員数48人)の横尾宏支部長も33年前に発病。一時期はほとんど動けなくなったが、勤務先で仲間がデスクワークを用意し「無理でもいいから出てこい」と呼び掛けたのに応えて復職。今春、定年を迎えた。
 横尾支部長は「講演会には歩行や食事が不自由な方も参加してほしい。ボランティアによる輸送サービスの申し出もあるので必要があれば相談に応じる」と話している。講演会申し込みの連絡先は電話029・274・3236(同支部)。
毎日新聞社
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 筋無力症のホームページ 患者団体が開設 【大阪】
1996.11.25 大阪夕刊 14頁 2社 (全327字) 
 全身がだるくなったりする難病「重症筋無力症」の患者団体(大阪)が、インターネットのホームページを開設した。だれにも相談できずに悩んでいる患者や家族の孤独感を少しでも和らげ、一般の人にも筋無力症についての認識を深めてもらうためだ。
 大阪府を中心に中国、四国を含む一府十二県の患者約四百三十人が構成会員の「全国筋無力症友の会大阪支部」。症状や対症療法の説明、大阪支部の概要、全国支部一覧のほか、意見などを寄せる「おたよりBOX」がある。各国の患者団体のホームページにアクセスできるリンクコーナーも設けた。
 同支部ホームページのアクセスは「http://www.power.co.jp/tm/MGOSK/」。問い合わせは浅野さん(06・821・2718)へ。
朝日新聞社
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 浅野十糸子さん 全国筋無力症友の会大阪支部(インタビュー)/大阪
1997.02.03 大阪地方版/大阪 大阪版 写図有 (全1424字) 
 重症筋無力症の患者団体「全国筋無力症友の会大阪支部」が、インターネットのホームページを開設して約三カ月が過ぎた。筋無力症は、筋力がだんだん衰え、まぶたが下がったり、しゃべりにくくなったり、物がのみ込みづらくなったりする。ひどいときは呼吸困難におちいる難病。手術でかなり治るようになったが、病名を隠し、社会からの疎外感、孤独感にさいなまれる患者は、なお少なくない。一人の患者として、支部代表として支援活動に取り組む浅野さんに思いを聞いた。
         ◇
 ◆ホームページはずいぶん反響があるようですね。
 「副支部長の息子で高松に住む垣渕和正さんが画面を作製してくれ、昨年十月に開設したのですが、患者さんはもちろん、いろんな方に見ていただいています。内容は筋無力症のメカニズムや症状、治療法などの医療情報のほか、支部の活動報告などです」
 「電子メールのやり取りによる医師の相談も始まりました。私自身、パソコンに触ったことがなく『使える人は少ないのに、まだ早い』という声もありましたが、この病気を広く知ってもらう意味でも良かったと思います」
 ◆ご自身の体験は。
 「体の筋肉は、神経の末端からアセチルコリンという伝達物質が放出されて収縮します。筋肉側にあるこの物質の受け皿が、間違って作り出された抗体によって破壊されてしまうため、神経から筋肉への運動の伝達ができなくなるのが筋無力症です」
 「私は小学校六年生のとき、まぶたと眼球が動かなくなりました。医者ですら『こんな病気、見たことない』という時代でしたから、人に会うのが嫌で、病名も言えなかった。その後、良くなったり悪くなったりの繰り返し。大学に入ってからも、首がだるくて黒板が見られないとき、一時的に効く薬をトイレで注射するといった生活でした」
 ◆友の会大阪支部は歴史が古いですね。
 「三十五歳になるまで、この病気で苦悩しているのは自分だけだと思っていました。それが一九七一年の全国友の会の結成準備に出掛け、ほかの人たちと初めて出会い、何ともいえない安らぎ感を覚えました。同時に医療や福祉から見放されてきたことに怒りが込み上げて……。疎外との闘い、たがいに心を癒(いや)すため、全国友の会と同時期に支部をつくりました」
 ◆これからの活動は。
 「慢性化した後遺症が社会復帰の妨げになるケースが多く、就職でも病名だけで不採用になった話も聞きます。患者さんは府内だけで六百人以上ですが、友の会に入っているのは三分の一足らず。家に閉じこもり、孤立して悩んでいる患者さんや家族と、どうやってつながりを持つか。私がそうだったように『一人じゃないんだ』と勇気づけられたらと思います」
         ◇
 大阪支部は大阪、奈良、和歌山、滋賀と中国、四国地方の会員約四百三十人で構成。結成時から代表を務め、自宅での電話相談も、二十五年間続けている。死亡例こそ少なくなってきたが、患者は全国で七千―八千人と推定されている。これからも、患者と患者、患者と医師をつなぐかけがえのない場として、「世話役」に徹したいという。
 (聞き手・羽場正浩)
         *
 あさの・としこ 芦屋市生まれ。大学卒業後に図書館司書の資格を取り、大阪歯科大学などでの勤務を経て、堺女子短期大学に23年間在籍。日本史学科教授(情報図書館学)を最後に1994年3月、同短大を退職した。サングラスが「トレードマーク」だ。吹田市在住。<61歳>
朝日新聞社
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厚生省指定の難病と患者数
1997.08.27 共同通信 (全271字) 
 厚生省指定の特定疾患治療研究事業の対象疾患(難病)と一九九六年度の患者数は次の通り。
 ベーチェット病(一万五千七百三十五人)
 重症筋無力症(一万三百九十八人)
 全身性エリテマトーデス(四万三千百七十七人)
 スモン(千八百九十四人)
 多発性硬化症(六千二百四十七人)
 再生不良性貧血(八千九百四十一人)
 サルコイドーシス(一万四千四百八十三人)
 筋委縮性側索硬化症(四千百十九人)
 強皮症、皮膚筋炎および多発性筋炎(二万二千六百二十五人)
 特発性血小板減少性紫斑(しはん)病(二万六千二百三十三人)
 結節性動脈周囲炎(二千二百四人)
 潰瘍(かいよう)性大腸炎(四万六千二百十五人)
 大動脈炎症候群(四千八百九十七人)
 ビュルガー病(一万二百七十七人)
 天疱瘡(てんぽうそう)(二千五百六十五人)
 脊髄(せきずい)小脳変性症(一万四千八百八人)
 クローン病(一万三千九百九十七人)
 難治性の肝炎のうち劇症肝炎(六百七十九人)
 悪性関節リウマチ(五千十九人)
 パーキンソン病(三万九千九百九十八人)
 アミロイドーシス(六百二十九人)
 後縦靭(じん)帯骨化症(一万五千百二十八人)
 ハンチントン舞踏病(四百三十七人)
 ウィリス動脈輪閉塞(へいそく)症(六千百九十九人)
 ウェゲナー肉芽腫(しゅ)症(六百六十人)
 特発性拡張型(うっ血型)心筋症(七千八百六十二人)
 シャイ・ドレーガー症候群(四百七十八人)
 表皮水疱(ほう)症(接合部型および栄養障害型)(二百九十九人)
 膿疱性乾癬(のうほうせいかんせん)(八百八十三人)
 広範脊柱管狭窄(せきちゅうかんきょうさく)症(九百六十人)
 原発性胆汁性肝硬変(七千四十二人)
 重症急性膵(すい)炎(九百九十九人)
 特発性大腿(たい)骨頭壊死(えし)症(五千二百五人)
 混合性結合組織病(三千二百二十九人)
 原発性免疫不全症候群(千九十七人)
 特発性間質性肺炎(千七百七十四人)
 網膜色素変性症(一万千三百五十九人)
 クロイツフェルト・ヤコブ病(八十三人)
共同通信社
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[アンテナ]全国筋無力症友の会
1998.01.19 東京朝刊 23頁 (全324字) 
 ◎趣旨 重症筋無力症の患者が連携、病気克服のための情報交換をしたり、治療法の向上を求める。
 「80年代に治療法が大きく改善された一方、長期間にわたる免疫抑制剤の服用で、副作用に苦しむ患者が少なくない。より良い治療を受けるための情報を提供したいと考えています」(会長の武田治子さん)
 ◎活動 〈1〉機関誌の発行〈2〉年1回の全国総会〈2〉全国18支部ごとの専門医による医療相談会〈4〉無料電話相談((電)03・3947・2128、月曜から金曜の午前10時から午後5時まで)
 ◎所在地 〒170東京都豊島区巣鴨1の11の2の巣鴨陽光ハイツ502(電)無料相談と同じ、FAX03・3947・5222▽会員数約2千人▽入会費無料、年会費3600円
読売新聞社
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難病 一人で悩まないで/患者らの団体、秋田に相談室
毎週火、木、土の3日間/電話や面接で対応/「気持ち少しでも楽に」
1998.09.09 河北新報記事情報 写有 (全931字) 
難病 一人で悩まないで/患者らの団体、秋田に相談室
毎週火、木、土の3日間/電話や面接で対応/「気持ち少しでも楽に」
 パーキンソン病や重症筋無力症といった難病を抱えた人の多くは、病気や生活、将来への不安を抱えている。少しでもそんな人たちの支えになろうと、県難病団体連絡協議会(県難病連、安田澄子会長)は8日、秋田市旭北栄町の県社会福祉会館内にある事務局に「難病総合相談室」を開設。毎週火、木、土曜日の3日間、電話や面接による相談に応じている。
 県難病連は、県腎臓病患者連絡協議会など11の患者らの団体が加盟し、昭和57年に発足。現在、1675人が所属している。平成3年からは、相談室や宿泊施設などを備えた拠点「県難病センター」の建設を目指して、県への陳情、募金活動などを展開している。
 また昭和60年から、毎年2カ所での無料相談会も実施している。だが、相談会では、機会が限られる上に、会場まで足を運べない重度患者の声をくみ取れない−という問題があり、事務局内に相談室を設けることで、今回の開設にこぎつけた。
 相談は会員9人が持ち回りで担当。初日の8日は、夕方までに10件ほどの相談があった。内容は「病気がよくなるか」「生活はどうしたらいいのか」など。中には、6つの病気を抱えた女性が、精神的にも追い込まれた様子でかけてきたケースや、難病以外でも末期がんに侵された患者からの電話もあったという。
 安田会長は「悩みはそれぞれ深刻で、軽々しいことは言えない。でも私たちが話を聞くことで、気持ちが少しでも楽になってくれればうれしい。患者だけではなく、難病にかかわる多くの人の支えになりたい。気軽に相談してほしい」と話している。
 相談は無料。時間は午前10時−午後4時。電話は018(823)4426まで。
<難病>原因が分からず、治療法が確立されていない病気。厚生省は医療費の補助対象として、現在、40疾患を特定疾患に認定しているが、このほかに、慢性腎不全や関節リウマチ、慢性肝炎など、長期の療養生活を強いられる難治性の疾患も加え、県内の難病患者は約3万人に上るとされ、年々増加しているという。
【写真】経験談も交えながら相談に応じる安田会長=秋田市旭北栄町・県社会福祉会館内
河北新報社



 神経内科系疾病で26日に無料相談 県難病団体連絡協
1999.11.19 朝刊 21頁 岐阜総合版 (全361字) 
 【岐阜県】県難病団体連絡協議会は二十六日、専門医による医療無料相談を行う。今回のテーマは神経内科で、岐阜大学病院第一内科の村瀬全彦医師が電話または面接で相談に応じる。
 同協議会によると、神経内科系の疾病は脊髄(せきずい)小脳変性症や進行性筋委縮側索硬化症、重症筋無力症、パーキンソン病など。県内では約八百人(平成十年度まとめ)が、これらの特定疾患の認定を受けている。
 当日は村瀬医師から直接、自宅などに連絡が入る仕組み。相談時間は一人約三十分。主治医以外の医師から診断を受ける「セカンド・オピニオン」としても利用できる。手紙やファクスでの相談も受け付ける。
 希望者はあらかじめ予約が必要。申し込みは、〒5008881岐阜市青柳町5ノ2ノ4、県難病団体連絡協議会=電058(252)3567、ファクス058(253)6864=へ。
中日新聞社
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[町から村から]県内 第30回全国筋無力症友の会大阪支部総会IN愛媛
2000.06.24 朝刊 地三 (全178字) 
 7月1日午後1時〜5時、松山市道後2丁目、県身体障害者福祉センターで。市立宇和島病院小児科の林正俊先生が「重症筋無力症と内科的治療」、徳島大学医学部第二外科の門田康正先生が「重症筋無力症と外科的治療」と題し講演。体験発表や医療相談なども行われる。参加無料。夕食交流会に参加する場合は1人4000円。問い合わせは脇由美子さん=電話089(973)7320。
愛媛新聞社
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重症筋無力症 治療の現状は*19日札幌で講演会
2001.05.09 北海道新聞朝刊全道 18頁 生A (全238字) 
 全国筋無力症友の会北海道支部は十九日午後三時から、札幌市中央区南四西一〇の北海道難病センターで医療講演会と相談会、夕食会を開く。
 国立療養所札幌南病院神経内科の南尚哉医師が「重症筋無力症の治療の現状」と題し、最新の治療薬などについて講演。その後は会員らを対象に夕食会を開いて交流する。
 この病気に関心がある人や、会員以外の人が講演会だけに参加する場合は事前申し込み不要で入場無料。夕食会も参加する会員は会費三千円。
 問い合わせは北海道難病連(電)011・512・3233へ。
北海道新聞社
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重症筋無力症 大阪警察病院の城戸哲夫医師が新治療のホームページ開設 */大阪
2001.09.18 地方版/大阪 25頁 写図有 (全639字) 
 大阪警察病院(天王寺区)の城戸哲夫・呼吸器外科部長が、筋肉の働きが衰える重症筋無力症について、独自に開発した手術方法と治療成績をインターネットのホームページ(HP)で公開したところ、患者や医師から多くの相談が寄せられている。HPを見た19人が手術を受けた。城戸部長は「患者が治療法を選べるのが望ましい医療の姿。患者主体の医療に結び付けたい」と話し、10月3日から北区である日本胸部外科学会で取り組みを発表する。
 重症筋無力症は年間の発症者が全国で数百人とされ、若い女性に多い。手術する場合は胸腺を摘出する場合が多いが、胸骨を切開するため回復に時間がかかり、手術の跡も大きい。
 城戸部長は胸と腹の間を横に数センチ切開し、専用の装置で胸骨を持ち上げて内視鏡を入れる手術方法を開発。手術跡も小さく、数日で退院できる。97年から重症筋無力症の患者36人に実施したところ、術後平均14カ月で、完全に治った9人(25%)を含め28人(78%)が薬の量が減るなど改善した。
 城戸部長は治療成績や手術方法をイラスト付きで説明したHPを昨年2月に開設、今月までに1万9000件のアクセスがあった。全国の患者からの相談や主治医からの手術依頼もあった。
 城戸部長は「重症筋無力症の治療方法は全国まちまち。診療科が違えば情報を共有しないのが日本の医療の悪い点。診療科の枠を超えて、患者のための情報を提供したい」と話している。HPはhttp://www.monpro.net/kido。
 【今西拓人】
毎日新聞社
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生理検査 「神経伝導検査、最新の話題」
神経・筋伝導の評価
2002.01.21 Medical & Test Journal 12頁 (全2015字) 
 一般に、我々が行う神経伝導検査(nerve conduction studies:NCS)は被検筋から神経筋接合部(neuromuscular junction)と末梢神経からなる伝導状態を反映するが、神経筋接合部に障害がある疾患には通常の神経伝導検査だけでは異常所見をみつけることができない場合がある。そこで、神経筋接合部の伝導障害を評価する手法として、単一筋線維筋電図(single fiver electromyography:SFEMG)と複合筋活動電位(compound muscle action potential:CMAP)の神経反復刺激法(repetitive stimulation test)がある。今回、神経反復刺激法について紹介する。
◆神経筋接合部の仕組みと機能
 神経と筋肉はまったく異なった組織であり、神経筋接合部を境に結合している。神経筋接合部は運動神経終末、シナプス間隔、筋終板から構成され、シナプスを形成している。その神経側は前シナプス、筋側は後シナプスと呼ばれている。前シナプスはアセチルコリン(ACh)を含有し、放出する機能を有する。また、後シナプスにはアセチルコリン受容体がある(図1)。筋収縮の仕組みは前シナプスより放出されたAChによって終板電位が生じ、さらに闘値以上なら活動電位が生じ、筋収縮が起こる。このように神経伝達物質であるAChの放出による化学伝達様式は、神経や筋における電気的インパルスの伝播様式とは基本的に異なり、その特徴は一側性の伝導方向しかなく、逆方向は伝わらないことである。
◆神経反復刺激試験について
 支配神経の電気刺激が可能な運動神経が検査対象として用いられており、上肢では正中神経支配の母指外転筋、尺骨神経支配の小指外転筋を用いるのが一般的であるが、疾患によっては、遠位筋より近位筋に著明に病態が出る場合や眼輪筋などに出現する場合があり、広範囲な疾患を対象とした場合では、遠位筋では小指外転筋、近位筋では三角筋と眼輪筋の3か所で行うことが望ましい。
 検査方法は一般には、3、5、10、20Hzの頻度でそれぞれ最大上刺激し、10波形程度を記録している。刺激に際しては、高頻度になるほど痛みが強く、その刺激によるアクションも大きく激しいため、被験者(患者)の負担が大きい。また、刺激によるアクションで振幅が変動することもある。さらに高頻度刺激(20Hz以上)になると、あたかもwaxing(漸増)の所見を呈する擬陽性(false positive)が起こる(図2)。その場合、手指の固定などを行い擬陽性を防ぐことが重要である。しかし、三角筋や眼輪筋のように固定することが不可能な場合には振幅だけで判定するのは危険であり、近年ではCMAPの面積の増減を評価することも薦められている。
◆負荷試験
 薬剤負荷試験と強収縮または運動負荷、温度負荷、虚血負荷、高頻度刺激(50Hz)などさまざまな負荷試験が報告されているが、抗コリンエステラーゼ剤の靜注による負荷テストが臨床に広く用いられている。そこで注意しなければならないことは、薬剤負荷前にも電気生理学的検査を実施しなければならない。また、電気生理検査を伴わないで臨床症状だけで判定する場合もある。
 神経反復刺激試験は必ずしも、画一的な所見が得られるものではなく、患者や検査時のタイミングなどにより電気生理学的所見が変化することが少なくない。また病態についても必ずしも一定ではないため、目的や病態に応じた検査法を用いるべきである。何より大切なことは、非常に強い痛みとストレスを伴う検査であるから、その適用を吟味し、十分な「説明と同意」を患者に得ることが大切である。
◆伝導異常を呈する疾患と電気生理学的所見
 神経筋接合部の伝導障害のある疾患としては、重症筋無力症(MG)、先天性筋無力症、薬剤誘発性筋無力症、中毒性筋無力症(ボツリヌス中毒など)、筋細胞膜異常(周期性四肢麻痺など)、Lambert-Eaton筋無力症候群(LEMS)、神経筋疾患に伴い神経側副路が形成される場合(筋萎縮性側索硬化症など)がある。その中からMGとLEMSについて特徴的な電気生理学的所見について述べる。
 MGの特徴は、ACh受容体に問題があり、抗ACh抗体により神経筋接合部の伝導が阻害されると考えられている。LEMS では、AChの放出異常が特徴である。近年では、アセチルコリンエステラーゼの不足による筋無力症候群も報告されている。MGでは一般に神経反復刺激法でwaning(漸減)が起こるが、waxing(漸増)も起こることがある。一方LEMS では特に高頻度刺激(30Hz以上)で著明なwaxingが起こる(図3)。
 また、典型的なLEMSでは強収縮後促通現象(post-tetanic facilitation)が起こることが知られており、強収縮負荷試験が診断に有用である。しかし、必ずしも典型的で画一的な所見が得られるとは限らないので注意が必要である。また、通常のNCSを記録した場合、本疾患のCMAPは一般に低振幅であることを見逃してはならない。従って、筋萎縮を伴わない脱力を主訴とした原因不明の場合、神経筋接合部の伝導異常を視野に入れて検査をしなければならない。
株式会社じほう
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[私も言わせて]全国筋無力症友の会・葛城勝代さん 患者会へ積極的に相談を
2002.06.08 大阪朝刊 37頁 写有 (全773字) 
 ◇全国筋無力症友の会大阪支部滋賀会代表・葛城勝代さん(59)大津市坂本
 重症筋無力症は、神経と筋肉の接合部に異常が起こり、全身に力が入らなくなる病気です。自己免疫疾患の一つで、全国に五千人から七千人の患者がいます。私の場合、三十四歳の時にまぶたが下がる症状が出て眼科に通ったんですが、この病気だとわからず、だんだん全身に広がった。発症から半年余りたって県内の総合病院で初めて病名がわかりました。
 当時、まだ例が少なかった胸腺の摘出手術を受けるかどうか迷いました。友の会大阪支部に相談して手術を薦められ、決心がついたんです。その後、進行が止まり、少しずつ回復しました。患者会を知らなければ、手術の時期が遅れてしまい、効果が上がらなかったかも知れません。
 手術以外にも神経の情報伝達をよくする薬やステロイド療法が進歩しました。寝たきりになる患者は今ではめったにいませんが、筋肉をちょっと使うと疲れるので、介助が必要な人はたくさんいます。
 介護保険は六十五歳になるまで、この病気では使えない。代わりに国の「難病患者等居宅生活支援事業」でサービスを受けられます。ところが二年前に調査すると、滋賀県では予算を組んでいない市町村が多かった。制度を知らない福祉担当者も多いんです。
 子どもの治療法が確立されていない、専門医が少ないといった悩みもあります。もう一つ、難病全体の大きな問題は九八年に導入された医療費の一部負担。これは全額公費負担に戻してもらいたい。
 九三年に大津市役所を退職し、県難病連絡協議会で週二回、相談員をしています。自分の病気を、かかりつけの医師が詳しいとは限らない。難病だとなおさらです。患者会は様々な情報を持っています。積極的に相談して、病気と上手につき合ってください。
                        (聞き手 冨浪 俊一)
写真=葛城勝代さん
 ◇友の会大阪支部=06・6821・2718
読売新聞社
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診察室/眼瞼下垂で悩んでいます/筋を支配する神経などに異常
背後に別の病気存在
2002.12.11 河北新報記事情報 図有 (全1267字) 
診察室/眼瞼下垂で悩んでいます/筋を支配する神経などに異常
背後に別の病気存在
 まぶたが垂れ下がり、ものが見えにくくなって困っています。どんな治療法がありますか。 (50代・女性)
 ◆眼瞼(がんけん)下垂とは、どんな病気ですか。
 上まぶたが上がらず、まぶたが開けられない状態を言います。視野が狭くなり特に上方が見づらくなります。また、美容上の問題が出てくることもあります。
 ◆原因は何ですか。
 上まぶたを上げる筋には上眼瞼挙筋とミューラー筋があります=図参照=。これらの筋自体や筋を支配する神経に異常が起きると、眼瞼下垂が生じます。
 先天性と後天性に分けられ、前者はほとんどが単純先天眼瞼下垂です。この場合、眼瞼下垂以外は何も異常がなく症状の進行はありません。ときに家族性にみられることもあります。
 後天性の原因としてはさまざまなものがあります。神経内科・脳外科領域と眼科領域の2つに分けると理解しやすいでしょう。
 ◆では、神経内科・脳外科領域の病気についてお願いします。
 動眼神経まひでは、眼瞼下垂のほかに眼球運動の異常や瞳孔の大きさの左右差が見られることが特徴です。糖尿病、動脈瘤(りゅう)、脳梗塞(こうそ
く)などの病気が隠れていることがあるので、磁気共鳴画像装置(MRI)や血液検査などで詳しく調べることが大切です。
 重症筋無力症は神経と筋の接合部の病気で、「朝起きたときはよいが夕方になり疲れてくると悪化する」というように、一日の中で変動が見られることが特徴です。
 眼筋のミオパチー(筋肉疾患)は慢性進行性の病気で、眼筋だけに症状があらわれるものから心臓や神経など多くの臓器に異常が出現するものまであり、いろいろな疾患が含まれます。
 ホルネル症候群は交感神経が障害されて、ミューラー筋がまひするために起こります。
 ◆眼科領域ではどうですか。
 老人眼瞼下垂が多いですが、ほかにコンタクトレンズの長期装着、内眼術後、外傷などが挙げられます。これらは上眼瞼挙筋やミューラー筋が弱くなったり、傷ついたりするために生じます。
 先天性と眼科領域の場合は手術による修復が有効です。また、眼球の後ろにできた腫瘍(しゅよう)が原因で眼瞼下垂が生ずることがあるので注意を要します。
 ◆眼瞼下垂に気付いたらどうすればいいですか。
 家族から話を聞いたり、小さいころの写真と比較することで先天性かどうかを推測できます。
 後天性の場合には、外傷を受けたことがあるか、眼の手術をしたことがあるか、コンタクトレンズを装着しているかをまず確認してみましょう。眼瞼下垂の程度が一日のうちで変動するかもチェックしてみてください。さらに眼球が上下左右に正常に動くか、瞳孔の大きさに左右差があるか、光を当てると瞳孔が縮むかどうかも確かめましょう。
 いずれにしても、できるだけ早く治療をしなければならない病気が潜んでいる可能性もあるので、神経内科、脳外科、眼科などで診察を受けて治療方針を決めることが重要と思われます。(本日の担当=仙台市医師会・小川達次医
師)
【イラスト】
河北新報社



難病の重症筋無力症 患者ら島根連絡会設立 出雲で記念の集い
2003.06.25 中国朝刊 島根 写有 (全440字) 
難病の重症筋無力症
患者ら島根連絡会設立
出雲で記念の集い
 筋力が弱まり体の力が抜ける難病、重症筋無力症の県内の患者らが二十四日、全国友の会の島根連絡会を設立し、出雲市の出雲健康福祉センターで記念の集いを開いた。医師の講演で治療の現状を確認。交流と情報交換を進めることを決めた。
 患者ら約四十人が出席した。島根医科大病院の小林祥泰副院長(神経内科)が、関連が深いとされる胸腺腫の手術や免疫抑制療法など治療の現状を話し、質問に答えた。
 重症筋無力症は、神経と筋肉の接合部の異常で筋力が弱まる原因不明の疾病。命にかかわる例は少ないが、「怠け病」と誤解されることもある。患者数は国内約一万三千人、県内に約百二十人とみられる。
 世話役代表の松本みゆきさん(26)は「身近にわかり合える仲間を増やし、情報を共有する会にしたい」と話している。松本さんTEL0852(22)1481。
【写真説明】島根医科大病院の小林副院長(左端)との質疑もあった連絡会設立の集い ※小林祥泰
中国新聞社
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重症筋無力症の講演会 大津で25日開催=滋賀
2004.04.11 大阪朝刊 37頁 (全245字) 
全身の筋力が低下し、疲れやすくなる原因不明の難病「重症筋無力症」の医療講演会(全国筋無力症友の会滋賀支部主催)が25日午後1時半から、大津市におの浜1のピアザ淡海で開かれる。無料。
全国に5000人から1万人の患者がいると推計されている。講演会では、県立成人病センターの生天目(なばため)英比古・神経内科部長が「重症筋無力症のなりたちと治療について」をテーマに、最新の治療法を紹介し、会場からの質問や相談にも応じる。申し込み、問い合わせは、支部長の葛城勝代さん(077・578・3424)へ。
読売新聞社
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神経免疫学会・合同委員会 重症筋無力症の治療ガイドラインまとまる
2004.09.07 日刊薬業 4頁 (全562字) 
 日本神経免疫学会・日本神経治療学会合同の神経免疫疾患治療ガイドライン委員会(委員長=高守正治・日本神経免疫学会理事長、日本神経治療学会理事)はこのほど、重症筋無力症、自己免疫性末梢神経症(ギラン・バレー症候群、フィッシャー症候群、慢性炎症性多発ニューロパチー)および多発性硬化症の治療ガイドライン(GL)をまとめた。GLは、患者一人ひとりの治療方針について、最適なエビデンスが検索できるよう支援するのが目的。
 重症筋無力症の治療GLでは治療目的について、症状を寛解に導き、再発を予防して生命予後、機能予後を改善することとした。重症筋無力症は、小児あるいは稼働年齢層に多い疾患で、治療では通常の学校生活または社会活動を可能にすることをめざす。
 治療法は、抗コリンエステラーゼ薬、胸腺摘除術、ステロイド治療、ステロイド以外の免疫抑制剤、血液浄化療法、免疫グロブリン大量療法に大別された。各治療法の作用機序、有効性、有害性などが示された。治療の中心となる抗コリンエステラーゼ薬は、すべての型の重症筋無力症に使用され、ほとんどの症例に有効だが、過剰投与によりコリン作動性クリーゼを起こすことがあるという。あくまで対症療法であり、使用に対しては長期投与による副作用を考慮し、薬効が表れるまで漸増し、必要最小量を使用するよう努めるべきとした。
株式会社じほう